【ギリシャ遠すぎ】


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那須とハユマと勇蔵と  
Date_ 2004.04.22
Event U−23日本代表チームギリシア遠征への合流
事件度 5
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「説教かと思った」とまた迷言を残した勇蔵であったが(「岡田監督の憂鬱」参照)代表招集が決まった直後の試合でもやはりベンチ入りすることはできなかった。
ところが、その4月17日の対G大阪戦において中澤佑二が試合中に肩を脱臼した。チームは21日に大事なACL城南戦のアウェイが控えていた。

勇蔵は18日からU-23のギリシャ遠征に帯同する予定であったが、中澤の怪我という緊急事態にチームは勇蔵の遠征帯同延期を協会に依頼し、勇蔵は21日の城南戦に出場することとなった。
(ということは、あのネックブリーカーは中澤の怪我の功名ということになる)

U23 U-23の中心メンバーであった那須、何度か招集されている田中隼磨もACLのためにギリシャ遠征は回避する予定であったが、代表チームの方も怪我人が続出したため、この二人もギリシャ遠征に合流することとなった。

こうして様々な偶然が重なり、那須、隼磨、勇蔵の3人が韓国からギリシャのパトラスまで珍道中を繰り広げる布石ができあがった。

(写真は3人が合流したパトラスでの4月23日の前日練習風景)
 2009/12/08(火)/01:09:34  No.90

韓国ーギリシャ珍道中  
Date_ 2004.04.22
Event U−23日本代表チームギリシア遠征
事件度 5
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21日に城南戦で劇的勝利を飾ったマリノス。3人はその余韻を感じる暇もなく翌朝7時に仁川空港からパリに向けて出発した。
ソウル→パリ→アテネ、そして目的地のパトラスという難易度の高い行程に3人が挑戦した。
0503-5その時の詳細は、やはり田中隼磨が記録してくれていた。さすがだ。

まず、試合翌朝は7時に仁川空港、眠いままに朝食をとり9時に出発。フライト時間は13時間。憔悴しきってパリに到着するとアテネ行きの出発まで待ち時間が4時間・・・。3人はブーブー言いながら食事をして時間をつぶす。
次のアテネ行きでは3時間爆睡、ようやくアテネに到着。しかしまだ終わっていなかった。目的地のパトラスはアテネから車でさらに3時間かかったのだった。タクシーの運転手がホテルを間違える、というオチまでついていた。到着したのは深夜3時だったという。

これは、原文である隼磨の2004年4月27日のblogをぜひ読んでいただきたい。彼独特の文体から3人の疲れ果てた顔が容易に想像できるすばらしい記録となっている。
田中隼磨公式サイト04年4月

ボロボロになって到着した3人だが、前日練習には即参加、そして24日の対ギリシャ選抜戦には揃って出場している。勇蔵は背番号「2」であった。

珍道中かつ罰ゲームのような遠征であったが、その甲斐もなく、当然ながら五輪メンバーには選出されなかった栗原勇蔵なのだった。
 2009/12/08(火)/01:24:47  No.91

U-23ギリシャ遠征メンバー  
Date_ 2004.04.14
Event U-23ギリシャ遠征
事件度 5
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遠征メンバー
U23
 2009/12/08(火)/23:52:02  No.93

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