【勇蔵大いに語る】


[TOP]  [Search] [Admin]



故郷に錦を飾った日 その1  
Date_ 2008.05.24
Event 出身中学訪問
事件度 5
Comment
一般的な勇蔵のイメージと言えば、喧嘩っ早く、ぶっきらぼうで、話し下手、というところだろうか。しかし実像は愛想が良く人なつっこいということを、会ったことのある人は知っているだろう。

ただ、人前での喋りに関しては04年トークショーの木訥とした感じからかなり進化したものの、弁舌が立つとはお世辞にも言えない。

しかし、そのイメージを大きく変える事件が2007年に起こっていた。

08年5月末の土曜日のこと。とある用件があり筆者を含めた数名が横浜市郊外にある勇蔵の出身中学を訪れた。

土曜日の中学校はシーンと静まりかえり、校庭からテニス部の練習するボールの音だけがポーンポーンと聞こえてくる。職員室には教諭1名と教頭だけが残っていた。

用件というのは、08シーズン6月試合告知のポスターが勇蔵の写真とサイン入りであったため、それを中学校に掲示してもらおうと訪れたのだった。
教頭先生は快くそのポスターを受け取ってくれ「サッカー部の生徒達が喜ぶでしょう」と言ってくれた。

好意的な雰囲気の中、教頭に勇蔵の中学時代のことを聞き出そうと試みる。

 ー栗原選手の中学時代のことはご存知ですか?

「当時のことは知りませんが、去年創立60周年の「講演会」に来てくれたのでお会いしましたよ」

  講 演 会 だって??! 

(その2へ続く)
 2008/05/29(木)/00:11:26  No.38

故郷に錦を飾った日 その2  
Date_ 2008.05.24
Event 出身中学訪問
事件度 5
Comment
講 演 会 だって?!

講演会というのは一人で何十分か話しをするあの講演のことなのか? 
2年前の大分戦ヒーローインタビューや去年のキクマリインタビューでも訥々としていた勇蔵に「講演」を依頼するなんて暴挙ではないのか?

あのー、いったい何を話したんでしょうか?

「いろいろでしたよ。どうやってサッカー選手になったか、とか。生い立ちのことでしょうか。」

生い立ち、ですか。例えば?

「やめたい時もあったけれど、ご両親に練習だけは絶対行け!と言われて続けたとか。今となっては感謝している、とか」

どんな感じで話しを?

「とても丁寧でしたよ。きちんと原稿を用意してね」

げ、げんこう・・・。

「お父さんが町会の仕事をなさっているけれど、やっと人の役に立てるようになった、と喜んでおられましたよ」


そうだったのか。
勇蔵は母校の後輩達の前で講演会をするまでになっていたのか。
しかも「原稿」をちゃんと書いたのか・・・。

この中学周辺では息子や娘が勇蔵と同級生だという地元の方々の話も聞けた。
「スポーツ一家ですからね」
と皆さんが口を揃える。父上が野球、母上がバレーボールというのは以前に雑誌にも記載されていた。あのジャンプ力は母親譲りなのだろうか。
その母上は今もその中学の体育館でママさんバレー選手として活躍しているらしい。

訪問の目的上、これ以上のことは聞けなかったが、学校にはこの講演会のVTRが残っているに違いない。
“大いに語る”勇蔵の姿を何とか見る方法はないものか・・・。

0524-2この中学訪問の日、当の本人はマリノスカフェのオープニングセレモニーでテープカットの任を負っていた。
白い手袋をして鋏を握る姿は、これまた中学時代からは想像もつかなかったことだろう。

 2008/05/29(木)/00:13:16  No.39

現行ログ/ [1]

No USER PASS


[BACK]

[管理]  [総合管理]  [TOP]

shiromuku(u1)COOK version 2.10